賃金が上がったはずなのに、買い物のたびにため息が出る。
「過去最高の賃上げ」というニュースを見ても、自分の暮らしがよくなった実感はない。
その違和感は、気のせいでも、あなたの努力不足でもありません。
生活のゆとりを決めるのは、賃金明細に書かれた金額だけではないからです。毎月いくら使え
るのか。そのお金で何が買えるのか。そして、今の収入がこれからも続くと思えるのか。この三
つがそろって初めて、私たちは安心して暮らせます。
国内で賃上げが進む一方、海外では大手自動車メーカーが人員削減を進めています。公務員賃金
の引き上げが報じられる一方、自営業者や年金生活者には同じような増収が届くとは限りません。
一見すると矛盾するニュースですが、「誰の収入が、何と比べて、どのくらい増えたのか」を分
けると、つながりが見えてきます。
この記事では、賃上げと生活実感のずれを、物価、手取り、働く場所、将来への不安から整理し
ます。最後には、ニュースを自分の生活に引き寄せて考えるための確認項目も用意しました。
難しい経済用語を覚える必要はありません。「なぜ苦しいのか」がわかれば、次に何を確かめれ
ばよいかも見えてきます。
※2026年10月22日時点で確認した資料をもとに構成しています。統計の対象年や集計範囲はそれ
ぞれ異なります。本文中の家計例は、仕組みを説明するための仮定です。
【目次】
第1章 過去最高の賃上げでも、みんなが豊かになったとは限らない
第2章 賃金の金額と、お金で買える量は違う
第3章 賃金明細の増額が、そのまま自由に使えるお金にならない理由
第4章 公務員の賃金増を、暮らし全体の問題として考える
第5章 人手不足なのに人員削減?VWの事例から考える雇用の変化
第6章 同じ社会で、賃上げが届く人と届きにくい人がいる
第7章 収入の不安を「本人の努力」だけで片づけない
第8章 賃上げを本当の生活改善につなげるために
第9章 今日からできる、暮らしの変化を確かめる五つの整理
第1章 過去最高の賃上げでも、みんなが豊かになったとは限らない
■「平均」という言葉の後ろに、見えない違いがある
2026年10月21日の厚生労働省の調査発表を伝えた報道によると、1人当たりの月額賃金の平均
改定額は1万3926円、改定率は4.4%でした。調査は常用労働者100人以上の企業を対象とし、有
効回答は1862社です。[1]
この数字は、賃上げの動きを知る大切な手がかりです。ただし、日本で暮らすすべての人が、毎
月1万3926円多く受け取るという意味ではありません。
調査対象には企業規模の条件があります。小さな事業所で働く人、個人で仕事を請け負う人、年
金を中心に暮らす人の状況まで、この平均だけで説明することはできません。
平均を読むときは、数字の大きさより先に「誰を集計したのか」を確かめる必要があります。
たとえば、5人の賃上げ額が、0円、0円、5000円、1万円、3万5000円だったとします。平均は
1万円です。しかし、その5人のうち3人は、1万円に届いていません。これは仮の例ですが、平均
と個々の実感がずれる仕組みを示しています。
平均が上がっているという事実と、自分の賃金が上がっていないという事実は、同時に成り立ち
ます。どちらか一方が間違っているわけではありません。
■賃上げにも、中身の違いがある
もう一つ確かめたいのが、何を賃上げに含めているかです。
勤続年数や職位の変化に伴う定期昇給と、賃金表そのものを引き上げるベースアップでは、意味
が異なります。昇進して責任が増えた結果の昇給と、同じ仕事を続ける人の賃金水準が上がるこ
とも、区別して考えると理解しやすくなります。
また、基本賃金が上がっても、残業代が減れば月の総支賃金額があまり増えないことがあります。
ボーナスが増えた年でも、毎月の支払いに使えるお金は変わらない場合があります。
こうした違いを無視して「世の中は賃上げしているのだから、生活は楽なはずだ」と結論づけると、
現実から離れてしまいます。
ニュースの数字は社会全体を見るためのものです。一方、生活の判断には自分の賃金明細や支出
記録が必要です。二つの役割を混同しないことが、最初の一歩になります。
第2章 賃金の金額と、お金で買える量は違う
■名目賃金は金額、実質賃金は購買力を見る考え方
経済ニュースで出てくる「名目賃金」は、受け取る賃金の金額を指します。「実質賃金」は、その
金額を物価の変化で調整し、お金で買える量の変化を見ようとするものです。
たとえば、月給が30万円から30万9000円になれば、名目の増加率は3%です。一方、同じ期間に
物価が4%上がったと仮定すると、賃金の増加は値上がりに追いついていません。
単純化した計算では、1.03を1.04で割って1を引くと、実質的な変化は約マイナス0.96%になりま
す。賃金の数字は増えても、買える量は少し減るということです。
ここで使った3%と4%は説明用の数字で、現在の日本の実績値ではありません。また、公表され
る実質賃金は、対象とする賃金統計や物価指数に従って計算されます。春闘の賃上げ率から任意の
物価上昇率を引けば、公式の実質賃金になるわけではありません。
それでも「収入の伸びと、生活に必要なものの値上がりを比べる」という考え方は、暮らしを
理解する助けになります。
■同じ物価上昇でも、家庭によって負担は違う
統計上の物価は、多くの商品やサービスの価格を組み合わせて把握します。しかし、私たちが
実際に買うものは、家庭によって異なります。
食べ盛りの子どもがいる家庭では食費の比重が大きくなります。車が欠かせない地域では燃料
代が気になります。自宅で過ごす時間が長ければ、冷暖房費の変化を強く感じることもあるで
しょう。
必要な支出の値上がりが大きければ、全体の平均以上に苦しく感じるのは自然なことです。反対
に、値上がりした品目をあまり買わない家庭では、負担の感じ方が違う場合もあります。
「物価は少ししか上がっていないのに、大げさだ」と他人の生活を決めつけることはできませ
ん。その人の家計では、避けにくい出費が大きく増えているかもしれないからです。
■値上がりが落ち着いても、価格が元に戻るとは限らない
ここは誤解しやすい点です。
昨年100円だった商品が110円になり、今年112円になったとします。値上がりの勢いは弱まっ
ていますが、価格は100円に戻っていません。
「物価上昇率が低下した」と聞いても、店頭で安さを感じないのは、このためです。値上がりする
速度が遅くなったことと、値段そのものが下がったことは別です。
家計は、過去の値上がりが積み重なった価格水準のもとで生活しています。今年の賃上げ率だけ
を見ても、それまでに失われた余裕が回復したかどうかはわかりません。
比較するなら、先月との違いだけでなく、数年前に同じ生活をするためにいくら必要だったかも
振り返ると、違和感の理由が見えてきます。
第3章 賃金明細の増額が、そのまま自由に使えるお金にならない理由
■額面、手取り、生活の残りを分ける
生活実感を考えるとき、三つの金額を区別すると整理しやすくなります。
一つ目は、給与明細の総支給額です。二つ目は、税金や社会保険料などが差し引かれた後の手
取りです。三つ目は、その手取りから生活に必要な支出を払った後に残る金額です。
ニュースが主に伝えるのは一つ目ですが、暮らしの余裕に直結するのは三つ目です。
たとえば、手取りが月8000円増えても、食費、光熱費、日用品代の合計が月1万円増えていれ
ば、残るお金は2000円少なくなります。賃金の増加と生活の苦しさが、同時に起こるわけです。
この計算には、税率を細かく知る前にできることがあります賃金振込額と、暮らしに必要な支出を
同じ期間で比べるだけでも、家計の変化はかなり見えます。
■「賃上げすると手取りが減る」と一律に考えない
元の資料には、賃上げによる税金や社会保険料の増加についての指摘がありました。確かに、額
面が増えても、その全額が手元に残るわけではありません。
ただし、「賃上げによって誰でも以前より手取りが減る」とするのは正確ではありません。差し
引かれる金額や反映される時期は、収入、加入制度、扶養、各種控除などの条件によって変わり
ます。
ここで押さえたいのは、一般論として額面の増加額と手取りの増加額が一致するとは限らない、
という点です。個別の条件を確かめず、増収は損だと決めつける必要はありません。
賃金明細で不明な変化があったら、前年の同じ月と比べ、基本賃金、手当、残業代、控除のど
こが変わったかを確認すると、理由を探しやすくなります。
■年収では見えにくい、毎月の資金繰り
年間では収入が増えていても、毎月の家計が楽になるとは限りません。
たとえば、収入の増加が年末の一時金に集中している場合、春や夏の支払いには間に合いませ
ん。年収が同じでも、毎月安定して入る場合と、仕事の完成時にまとめて入る場合では、日々の
安心感は異なります。
さらに、車の維持費、家電の買い替え、住まいの修繕などは、毎月同じ額が発生するわけでは
ありません。普段の家計が黒字でも、大きな支払いが重なる月に苦しくなることがあります。
生活を見るには「年間で足りているか」と「必要な時期に払えるか」の両方が必要です。後者を
見落とすと、年収の数字では説明できない不安が残ります。
第4章 公務員の給与増を、暮らし全体の問題として考える
■勧告の段階と、決定を区別する
2026年10月20日の共同通信の集計では、全都道府県の人事委員会が、賃金と一時金の両方を引
き上げるよう勧告したと報じられました。両方の引き上げを求めるのは5年連続で、月賃金の平
均改定率は36都府県で3%台、11道県で2%台です。[2]
ここで注意したいのは、勧告が出たことと、賃金改定がすべて確定したことは同じではないとい
う点です。報道時点では、知事や議会による今後の判断が残っています。
「36都府県が月賃金と一時金の引き上げを求めた」と読める部分がありますが、36という数字
は月給の改定率が3%台の都府県数を指します。小さな表現の違いでも、ニュースの受け取り方
は変わります。
■不公平感の奥にある、賃上げが届かない苦しさ
自分の収入が増えていないとき、別の職場の賃金増を見ると複雑な気持ちになるものです。生活
が厳しい人ほど、「どうして自分のところには届かないのか」と感じるでしょう。
この不満を、単なる嫉妬として片づけるべきではありません。収入が上がらない理由がわからず
、値上がだけが続けば、社会への納得感は薄れていきます。
一方で、公務員の賃金を上げなければ、その分だけ民間の賃金が自動的に増えるわけでもありませ
ん。他の働き手の待遇を下げることが、自分の暮らしを改善する直接の方法になるとは限らないの
です。
考えたいのは、賃上げが届いていない職場では、何が妨げになっているのかということです。
売上が足りないのか、取引価格を変えられないのか、賃金への配分が不十分なのか。原因によって
必要な対応は違います。
■公共サービスを支える人材も、地域の暮らしの一部
行政サービスは、書類を処理するだけの仕事ではありません。災害への対応、生活の相談、地
域のインフラ管理など、住民の暮らしを支える仕事があります。
人が集まらず、経験のある人が辞め、残った職員の負担が増えると、サービスの維持に影響する
可能性があります。賃金を考える際には、財政負担とともに、必要な人材を確保できるかという視
点も欠かせません。
もちろん、賃金の水準や仕事の進め方、税金の使い方について説明を求めることは大切です。
待遇の改善と説明責任は、両立させるべきものです。
「公務員か民間か」という区分だけで議論を終えると、地域全体の働き手とサービスをどう守
るかという問題が見えにくくなります。暮らしの安心は、一つの職場だけで成り立つものではあ
りません。
第5章 人手不足なのに人員削減?VWの事例から考える雇用の変化
■大きな会社でも、利益が減れば見直しが起きる
国内の賃上げと並べて読むと印象的なのが、フォルクスワーゲン、通称VWの動きです。
同社の公式発表によると、2025年のグループ売上高は約3219億ユーロ、営業利益は約89億ユーロ
、営業利益率は2.8%でした。前年の営業利益率は5.9%で、売上規模が大きくても収益力は低下
しています。[3]
この事例から考えられるのは、「たくさん売れていること」と「十分に利益が残ること」は別だ
という点です。材料費、開発費、販売費などが重くなれば、売上が大きくても経営の余裕は小
さくなります。
なお、グループ全体の利益率を個々の車の販売価格に掛けても、その車種1台の実際の利益がわ
かるわけではありません。企業全体の平均と、商品別の採算は分けて見る必要があります。
■同じ「5万人」でも、計画の時期と範囲を確かめる
VWは2026年の公式説明で、2030年までにドイツのVW、アウディ、ポルシェ、CARIADで約5万
人の職を削減する合意について言及しています。[4]
さらに、同年9月3日の「Future Plan 2030」では、既存施策を超えるグローバルな人員調整が必
要だと説明し、グループ全体で約5万人規模の調整を示しました。[5]
ここから、「5万人削減」という見出しだけを読んではいけないことがわかります。国内なのか
世界全体なのか、既存の計画なのか新しい計画なのかで、意味が変わるからです。
数字だけを単純に足し合わせたり、すでに全員が職を失ったと受け取ったりすると、計画と実
施状況を混同してしまいます。人数、対象地域、期限、実施方法を一組として読む姿勢が必要です。
■人手不足と人員削減は、なぜ同時に起きるのか
人手不足は、すべての会社、すべての仕事で同じように起こるわけではありません。
ある企業では受注が減り、今の生産量に対して人員が多くなることがあります。同じ時期に別
の企業では、新しい設備を扱う人や、特定分野の技術者が足りないかもしれません。
社会全体で働き手が不足していても、仕事の種類、必要な経験、勤務地、勤務条件が合わなけれ
ば、簡単には移動できません。
たとえば、長年工場の製造工程を担当していた人が、翌日から別の土地でソフトウェア開発を担
えるわけではありません。家族の事情や住まいの問題もあります。求人の数だけで、働き手の不
安が解消するとは限らないのです。
人手不足という言葉を聞いても安心できない人がいるのは、次の仕事が自分にとって可能かどう
かがわからないからです。
■技術の変化の負担を、働く人だけに背負わせない
企業が新しい技術に対応することは必要です。しかし、その変化によって仕事が減る人に「学
び直せばよい」と言うだけでは、十分な支えになりません。
新しい技能を身につけるには時間がかかります。その間の生活費、学習する場所、修了後の働き
口も必要です。長年の経験を別の仕事でどう生かせるか、一緒に考える仕組みも求められます。
生産の効率が上がることには価値があります。ただ、その成果が人員削減だけとして表れるの
か、働く時間の短縮や賃金の改善にもつながるのかによって、働き手の受け止め方は変わります。
VWの事例を「海外の大企業が苦しい」という話で終わらせず、産業の変化の中で生活をどう支
えるかという問いにつなげたいところです。
第6章 同じ社会で、賃上げが届く人と届きにくい人がいる
■会社の大きさだけで、待遇は決まらない
賃上げの話では、大企業と中小企業が比較されます。ただし、大企業ならすべて安定し、中小企
業ならすべて厳しいという見方は単純すぎます。
小さくても独自の商品や技術を持ち、適切な価格で販売できる企業があります。大きくても、
競争の激化や設備負担によって利益が減る企業があります。
内閣府の2025年度の分析は、中小企業の賃金の底上げを確認する一方、賃上げの勢いの違いや
二極化の可能性にも注意を促しています。また、若い層と中高年層、業種の違いによっても賃金
の伸び方が異なると整理しています。[6]
ここから読み取りたいのは、「平均で改善している」と「改善が届きにくい場所が残る」は両立
するということです。全体の前進を認めながら、取り残される人の事情を見る必要があります。
■値上げできない会社では、賃上げの原資も苦しくなる
たとえば、材料の仕入れ代や光熱費は上がっているのに、取引先への販売価格を変えられない会
社を考えてみます。
売上が同じなら、増えた費用の分だけ利益が圧迫されます。その状態で人件費も増やそうとすれ
ば、経営は厳しくなります。
だからといって、働く人に我慢を求め続ければよいわけではありません。取引価格の決まり
方や、発注する側と受注する側の関係も含めて考える必要があります。
私たちは消費者として安さを望む一方、働き手としては賃金の増加を望みます。その両方を
満たすには、無駄な工程を減らす努力と、必要な費用を価格に反映することの両方が問われます。
どの値上げも無条件に正しいという意味ではありません。しかし、価格を据え置く負担がいつ
も弱い立場の会社や働き手に集中していないかは、考える価値があります。
■年金生活者や自営業者には、別の入り口が必要
企業の賃上げが進んでも、年金を中心に暮らす人の収入が同じ割合で増えるわけではありません。
自営業者も、商品が売れたり報酬の条件が変わったりしなければ、収入の増加にはつながりません。
賃上げのニュースが明るいほど、その流れの外にいる人が孤立感を抱くことも考えられます。「みんなはよくなっているのに、自分だけが苦しい」という感覚です。
社会全体の暮らしを考えるには、雇用されて働く人の陳儀いだけでなく、さまざまな収入の
あり方に目を向けなければなりません。
第7章 収入の不安を「本人の努力」だけで片づけない
■過去の高収入が、現在の安心を保証するわけではない
仕事や人気に左右される職業では、ある時期に高い収入があっても、その状態が続くとは限り
ません。これは芸能の世界だけでなく、個人事業、歩合の大きい仕事、発信活動などにも当てはま
る話です。
著名人の収入減少と事件に関する記事もありました。ただ、個人の事件から、低収入の人全体
の性格や行動を説明することはできません。困窮している人を犯罪と結びつけるような読み方も
避けるべきでます。
ここでは個人への評価を離れ、収入が大きく変化する生活に、どのような不安が生じるかを考
えます。
収入が減っても、家賃や返済、家族を支える費用がすぐに小さくなるわけではありません。過去
に一定の収入を前提として組んだ生活と、今の収入との間にずれが生じます。
問題は、以前いくら稼いだかだけではありません。現在の収入で必要な支払いを続けられるか
、収入が戻るまでの時間を確保できるかです。
■恥ずかしさが、相談を遅らせることもある
以前うまくいっていた人ほど、収入が減ったことを周囲に話しにくい場合があります。「自分な
ら何とかできる」「今さら相談できない」と抱え込み、状況の整理が遅れることもあるでしょう。
不安が強いときには、目の前の支払いばかりが気になり、少し先の見通しを考える余裕がなく
なります。これは、単に知識が足りないからとは限りません。
収入の不安を語るときは、努力や能力の話だけでなく、相談できる関係があるか、失敗や変
化を恥と感じさせない環境があるかも大切です。
他人の苦境を面白がるよりも、生活が崩れ始めた段階で声を上げやすい社会にする方が、多く
の人の安心につながるのではないでしょうか。
第8章 賃上げを本当の生活改善につなげるために
■一度の増額より、続く見通しが安心をつくる
人は、今月のお金だけで暮らしを決めているわけではありません。来月も仕事があるか、数年
後も収入を保てるかを考えながら、買い物や住まい、家族の計画を立てています。
一時金が出ても翌年はわからない場合と、毎月の賃金が継続して増える場合では、同じ金額でも
安心感は違うでしょう。
企業の側にも、翌年以降に支払い続けられるかという問題があります。だからこそ、持続的な賃
上げには、利益を生む力と、利益を働き手に配分する仕組みの両方が必要です。
仕事の効率が上がっても、賃金に反映されなければ、従業員の生活は改善しません。反対に、
収益の見通しがないまま負担だけを増やしても、長く続けることは難しくなります。
■生産性向上を、単なる仕事量の増加にしない
「生産性を上げる」と聞くと、一人でもっと多く働くことだと感じる人もいるかもしれません。
しかし、同じ情報を何度も入力する手間をなくす、探し物の時間を減らす、作業の順番を整える、
失敗を減らすといった改善でも、同じ時間から生まれる価値は変わります。
現場の人にもっと急ぐよう求めるだけでは、疲労やミスを増やすおそれがあります。仕組みを変
えて負担を減らし、その成果をどう分けるかまで考えてこそ、生活の改善につながります。
新しい技術の導入も同じです。導入したという事実だけでなく、働く人の時間、仕事の質、賃
金に何が起きたかを見る必要があります。
■「暮らせる」という実感を、結果として確かめる
賃上げの目的を考えるなら、賃金の増加率を競うだけでは足りません。
必要な食事をとれること。住まいを維持できること。急な出費に対応できること。休む時間や、
将来を考える余裕が持てること。そうした生活の条件が整って初めて、賃上げは身近な成果にな
ります。
働き手、企業、行政がそれぞれの事情を説明しながら、生活の変化を確かめていく必要がありま
す。誰か一人の我慢に依存した改善は、長く続く安心にはつながりにくいからです。
第9章 今日からできる、暮らしの変化を確かめる五つの整理
■一つ目 比較する期間をそろえる
まず、今年と昨年の同じ月、または同じ3か月間を比べます。季節によって増減する光熱費や
一時金を、別の時期と比べると変化を読み違えやすいためです。
可能なら、賃金振込額、年金などの入金、生活に必要な支払いを並べてみてください。細かな
分類より、同じ条件で比べることを優先します。
一度きりの入金や大きな支払いがあった場合は、その横に短いメモを残します。それだけで、
毎月続く変化なのか、特別な事情なのかが見やすくなります。
■二つ目 収入の増減と、必要支出の増減を別々に見る
「以前より苦しい」という感覚を、収入と支出に分けてみます。
収入が減ったのか。必要な支出が増えたのか。その両方なのか。原因が違えば、確かめる相手
や内容も違います。
賃金明細に疑問があるなら勤務先への確認が役立つかもしれません。契約しているサービスの
支払いが増えているなら、契約内容を確認できます。一方、生活必需品全体の値上がりが中心な
ら、単なる使いすぎと考える必要はありません。
原因を見える形にすることは、自分を責める材料を増やすためではなく、次の行動を絞るためです。
■三つ目 毎月の支払いと、ときどきの支払いを分ける
月々の収支だけを見ると、年に数回の支払いが見えにくくなります。車、住まい、家電、冠婚
葬祭など、自分の生活で起こりやすい支出を書き出してみてください。
将来の金額を正確に当てる必要はありません。「こういう支払いがあり得る」と認識するだけで
も、毎月の黒字をすべて余裕と考えずに済みます。
毎月の生活は成り立っているのに不安が消えない場合、こうした不定期の支出を心配しているの
かもしれません。不安の中身に名前をつけることが、整理の始まりです。
■四つ目 自分の仕事に関係する変化を一つ見る
景気のニュースをすべて追う必要はありません。自分や家族の収入に関係がある変化を、一つ選
んで確かめる方が役に立つことがあります。
会社の受注はどうか。担当している仕事の需要はどうか。働く時間や契約条件に変化はあるか。
公表されている情報や職場で説明された内容を、憶測と分けて整理します。
不安な見出しを次々に読むよりも、生活とつながる具体的な情報を一つ確かめる方が、判断しや
すくなります。
■五つ目 一人で整理しきれないことを言葉にする
「お金が心配」だけでは広すぎて、相談する側もされる側も困ることがあります。
「毎月の収入は変わらないが、必要な支出が増えた」「来年の仕事が続くかわからない」「まと
まった支払いの時期が不安だ」というように、困りごとを少し具体的にしてみます。
家族や信頼できる人と話す際も、何がわからないかを一つ示せると、話を始めやすくなります。
必要に応じて、地域の相談窓口などに相談先を尋ねることもできます。
全部を一日で整理する必要はありません。まずは、昨年と今年の同じ月の振込額を比べる。
それだけでも、ニュースと自分の生活をつなぐ作業になります。
おわりに 「賃金が上がった」の先にある暮らしを見る
賃上げが進むことは、暮らしをよくするための大切な一歩です。しかし、その数字だけでは、
生活の余裕や将来への安心までは測れません。
物価がどう変わったか。手取りがどの程度増えたか。必要な支払いを終えた後に、何が残るか。
そして、その収入が続くと思えるか。こうした条件を合わせて見て初めて、賃上げの意味がわ
かります。
公務員の賃金増と、民間企業の人員削減。平均賃金の上昇と、収入が増えない人の苦しさ。
これらは、同じ社会の中で同時に起こり得ます。ニュースの見出しを比べて矛盾を探すより、
誰にどのような変化が起きているのかを読むことが大切です。
もし今、賃上げのニュースを見ながら「自分の暮らしは楽になっていない」と感じているなら、
その実感を否定する必要はありません。そこには、平均では見えない事情があります。
まずは一つだけ、確かめてみてください。
昨年の同じ時期と比べて、生活に必要な支払いをした後に残るお金は、増えていますか。それと
も減っていますか。
その違いを言葉にできることが、暮らしを考える出発点になります。
【出典・参考資料】
[1] アドバンスニュース「平均1万3926円、3年連続4%台 厚労省の26年賃金引き上げ調査」
(2026年10月21日公表の調査を報道)
https://www.advance-news.co.jp/news/2026/10/post-5259.html
[2] 共同通信「全都道府県、給与増を勧告 5年連続、3%台36都府県」(2026年10月20日、ライ
ブドアニュース掲載)
https://news.livedoor.com/article/detail/32611743/
[3] Volkswagen Group「Volkswagen Group strengthens financial resilience in 2025 – strong
fourth quarter in a challenging environment」
https://www.volkswagen-group.com/en/press-releases/volkswagen-group-strengthens-
financial-resilience-in-2025-strong-fourth-quarter-in-a-challenging-environment-20202
[4] Volkswagen Group「Oliver Blume on Competitiveness, Transformation and Growth」
https://www.volkswagen-group.com/en/oliver-blume-on-competitiveness-transformation-
and-growth-20605
[5] Volkswagen Group「Supervisory Board approves Future Plan 2030」(2026年9月3日)
https://www.volkswagen-group.com/en/press-releases/supervisory-board-approves-future
plan-2030-a-strong-signal-for-volkswagen-group-20662
[6] 内閣府「令和7年度 年次経済財政報告」第2章第2節「持続的な賃金上昇の実現に向けて」
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je25/h02-02.html
【ハッシュタグ】
#賃上げ #物価高 #実質賃金 #暮らしとお金 #雇用問題

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